やりたいと思っていることから順番にやっていく。ロックが教えてくれた生き方。ライター荒濱一のロックとの出会い

バックパッカーから高校教諭、その後タイやインドでのビジネス経験を経て、ベストセラー作家へ。まさに人生ロックンロールな、ライター荒濱一さん。いつものように、お気に入りのレコード抱えてガレージに飲みに来てくれたところ、お話を伺いました。
 

ロックとの出会いはヘヴィメタル

 

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荒濱

今日はこれ持って来た。ストーンズね。

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芹沢

いいレコード! このライブいいよね。いつもありがとう。

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荒濱

いやいや、自分で聴きたいのを持って来てるだけだから。

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芹沢

この前はボブ・マーリー持って来てくれて。荒濱さんってガレージでかける曲もほとんど反応してくれるし、幅広いよね? そもそもロックとの出会いっていつ?

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荒濱

聴き始めたのはそんなに早くなくて、中2くらいかな。クラスにロック好きな友達がいて「これ聴いてみなよ」っていろいろ教えてくれて。で、一番最初にガツンときたのが、オジー・オズボーンの「Bark At The Moon」。

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芹沢

おお、いきなりオジー(笑)。荒濱さんの中2のときって84年くらい? LAメタルが超アツかった時期だ。

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荒濱

そうそう、84,85年くらい。ラットとかモトリー・クルーとかね。ボン・ジョヴィとかも出て来た頃。まだ売れてなかったけど。その頃は「友&愛」に通う毎日でね。

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芹沢

出た。レコードレンタル友&愛! オレ大学生の時バイトしてたよ。

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荒濱

ダハハ。あの頃はみんな友&愛だよね。でも金がないから友達が借りたレコード回してもらったり。

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芹沢

グレーだね(笑)

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荒濱

そんな中、これは欲しいなって、レンタルで借りるんじゃなくて、自分でどうしても買いたいって思って、はじめて買ったレコードがアイアン・メイデンの「死霊復活(Live After Death)」

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芹沢

ガレージでよくかけるやつだ。

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荒濱

一番最初にガレージ来た時このアルバムがかかってて、ここやべーってなったんだよね!

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芹沢

その時のことよく覚えてるよ。じゃあ、ガレージでかけるレコードって荒濱さんの青春ど真ん中じゃん。オレと同世代だから、当然かもしれないけど。

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荒濱

ほんとそうなんだよ! ガレージは好きだったレコードもそうだけど、当時なんとなく耳に入ってきててぼんやり覚えてる曲とかを再認識できるのも最高。

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芹沢

ロックだけじゃなくて、歌謡曲もかけるしね。

 

宝島でジャパニーズロック

 

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荒濱

聴きはじめはそんな感じ。で、そのレンタル仲間にちょっと年の離れた兄貴がいる友達がいてさ……。

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芹沢

ロックな情報の入手先って、やっぱり友達の兄弟って王道だよね。

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荒濱

そうそう。で、その友達の家に行くと、ちっちゃい型の頃の宝島があって。

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芹沢

でた! ちっちゃい宝島は、なんか怖かった。エロ本と同レベルで親に見つかっちゃいけない感があった(笑)

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荒濱

その頃の宝島は、日本のパンクばっかりで。

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芹沢

ラフィン・ノーズの頃だ。

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荒濱

そうそう、ラフィン、ウィラード、有頂天という。

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芹沢

インディーズ御三家ね。ヘヴィメタルキッズだった荒濱さんにも、パンクはすんなり入って来た?

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荒濱

あんまりジャンルとかのこだわりはなくて、かっこいいって思ったのはなんでも聴いてたね。

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芹沢

ライブとかは?

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荒濱

やっぱり金がなくってさ。新宿西口の今の都庁のところが、都有3号地っていう浄水場の跡地で、そこでよくいろんなバンドがライブしてたんだけど、チケット買えなくて。近くのガードレールに座って外から聴いてたの覚えてる。

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芹沢

YouTubeでよく観るやつだ。その現場にいたってだけでも、羨ましいな。

 

伝説のBOØWY解散宣言

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荒濱

あとやっぱりウチらの世代はみんなBOØWY聴いてた。高校1年のときに友達と夏に海に行ったんだよね、泊まりで。その時に誰かがBOØWYかけて。最初、西城秀樹かけてんのかと思って(笑)

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芹沢

似てるよね!(笑)

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荒濱

渋公の解散ライブ行ったんだよ。友達がチケットとってくれて。

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芹沢

えーーー! あの伝説の。今でもDVDよくみてるよオレ。羨まし過ぎる。前の方?

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荒濱

結構前だよ、10列目とかだったかな、むちゃくちゃいい席だった。

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芹沢

マジか……。

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荒濱

あのライブは異様な空気だった。俺は解散とか知らないで盛り上がってたんだけど、前の席にいる客がずっと腕組んで氷室の方じっと睨んでるんだよね。

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芹沢

なんか察してたんだ。

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荒濱

「(解散を)本当に言うのか??それは許さねーぞ」みたいな(笑)。今思うとね。

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芹沢

DVDでみても殺気立ってるよね、あのライブ。あの頃のBOØWYはメイクとか落としてナチュラルな感じだったのに、あの時はバッチリメイクで。

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荒濱

騒然としてたよ。何かが起きる、みたいな。

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芹沢

それは本当に羨ましい体験。DVDで荒濱さん探すわ(笑)。荒濱さんはロック聴き始めた頃ってどんな少年だったの?

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荒濱

お調子者で目立ちたがりな感じかな。悪いことするっていってもそんなどっぷりヤンキーな感じでもなく。だからロックも反抗というよりも、友達とワイワイしながらみんなで一緒に聴いてた。

 

カオサン通りのカセットテープが人生を変える

バックパッカー時代の荒濱さん。イケメン過ぎる…。

 

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芹沢

その後もロックとの付き合いはずっと続いて行くの?

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荒濱

あー、引き続きいろいろ聴いてたけど、1990年の夏、大学2年生の時に、俺の人生において決定的な出来事が起こるんですよ。

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芹沢

というのは?

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荒濱

タイに行ったんだよね。生まれて初めての1人で行く海外旅行で。1カ月くらいタイで過ごして、それからどっぷりとバックパッカーみたいな感じで旅にハマっていくようになり。

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芹沢

あ、出た! それが最初のタイ。

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荒濱

そうそう。で、翌年の春も、当時付き合っていた彼女と一緒にタイに行って。その頃はカオサン通りという安宿街に泊まってたんだけど、そこで海賊版のカセットテープが街中に溢れてたんだよね。で、酒飲みながら歩いてたら「No Woman, No Cry」が聴こえきて……。

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芹沢

ここでボブ・マーリーが登場するんだ。

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荒濱

今まで聴いたことない音楽で、「俺が聴きたかった音楽はこれだ」って衝撃を受けた。年上だった彼女は知っててさ「え、知らないの?」とかバカにされて(笑)

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芹沢

いい話だ(笑)

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荒濱

ヒッピーみたいな連中がたむろしていた、当時のカオサン通りの雰囲気にもあってたんだよね。ビートルズも全然好きじゃなかったけど「サージェントペッパーズ」からハマったのもカオサン通りのカセットテープがきっかけだね。サイケデリック全開で「ビートルズってこんなバンドなんだ?!」って。それまで中学校の音楽の授業で「イエスタデイ」とか縦笛で吹かされたな、みたいな印象しかなかったからさ。今でも初期ビートルズには相変わらずあまり興味がないけど(笑)

バックパッカー時代の荒濱さん@カオサン通り

 

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芹沢

ビートルズは初期と中期以降とでは、別のバンドだよね。

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荒濱

俺はやっぱりラバーソウル、リボルバーくらいからが好き。タイによく行くようになって、俺もいっぱしのヒッピー気取りじゃないけどさ(笑)。当時の俺の心情に、そういうサイケデリックな感じの音楽がすごいマッチしたんだよね。

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芹沢

音楽って、その音楽聴いてた頃何してたとか、そういうのがものすごく鮮明によぎるよね。

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荒濱

そうそう。俺はタイに行っていろんなことが変わった。音楽もいろいろ聴いたけど、本にもたくさん出会った。安宿街で会う旅行してる人たちがむちゃくちゃ本も読んでて、いろいろ教えてくれたんだよね。「やべー、俺、全然読んでないよ」みたいな。

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芹沢

荒濱さんのその後の人生を考えると、その時期ってものすごい転機だね。

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荒濱

人生の価値観が変わった時期だったね。ボブ・マーリーをはじめとする音楽も、そのトリガーのひとつだったな


 

ロックが教えてくれた「やりたいと思っていることから順番に」

 

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芹沢

バックパッカーな学生生活の後は?

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荒濱

大学卒業して、群馬で高校の先生してたんだけどさ、そのときにラジオから、小沢健二の「(今夜は)ブギー・バック」がかかってきて。「うわー、なんか凄いことが起きてるな。ヤバイ、東京に戻んなきゃ」って思って。それで東京行かずになぜかまたタイに行っちゃうんだけどね(笑)

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芹沢

先生やめたのは、オザケンが原因なのか(笑)


 

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荒濱

まあそれはおおげさだけど(笑)。フリッパーズギターとかリアルタイムで聴いた時はまったくわかんなかったんだけどね。どっちかというと「ナヨナヨしてなんか女々しい音楽だな」と思っていたくらいで。

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芹沢

その辺の身軽さというか行動力も、カオサン通りでのロックや本との出会いのが大きいのかな?

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荒濱

うん。それまでって、何していいかわかんない。自分がどういう人間かわからない。何が好きなのかわからない。って感じだった。タイに行って、知らなかった音楽や本、それと今まで自分の周りにいなかったような人たちと出会って、だんだん、俺ってこういうことが好きなんだ、こういう人間なんだって認識できるようになったんだよね。

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芹沢

ロックのメッセージ性とかも?

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荒濱

そうだね。なんというか、「システムへの抵抗」みたいな。なんだか得体の知れない巨大なものに取り込まれて、「長いものには巻かれろ」みたいな感じで生きていくのって、ちょっと違うんじゃない? と。それまではなんとなく、高校卒業して大学入って、会社に勤めてそれなりのポストについて…….。みたいのが当たり前の道だと思ってた。でも、違う道があってもよいんじゃないか、人生って一本だけの道じゃないんだって思って。好きなものやりたいことがはっきりとわかって、今自分がやりたいと思っていることから順番にやっていこうって思ったんだよね。

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芹沢

その結果「仕組み」シリーズのベストセラーが生まれたと。

荒濱さんの著書、結局「仕組み」を作った人が勝っているやっぱり「仕組み」を作った人が勝っている

 

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荒濱

ダハハ。それは結果だけど。でも、「仕組み」のテーマも「システムからの逸脱」だからね。誰かが作った「仕組み」の一部になるんじゃなくて、自分が「仕組み」を生み出すことはできないか? という。
いずれにせよ、ロックに出会ってなかったら「疑うこと」をしなかったと思う。自分の人生を生きたほうがいいなって思えたね。

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芹沢

おお! ロックって最高じゃないですか。

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荒濱

でも、ずっと心残りなことがあって。俺まだ楽器をちゃんと弾けてないんだよね。ギターもベースも何度か挫折してて。やっぱり聴くより演る方が絶対楽しいよ。さっき言った「やりたいことを順番に」の順番が、そろそろ楽器をプレイすることになってきた(笑)。

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芹沢

でも60歳くらいでギター始めたりとかってすごくロックだと思う。

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荒濱

いいよね。歳を重ねて、より心が自由になって。

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芹沢

その後もずっとロックはそばにある?

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荒濱

例えば、ジムで走ったりしてても、BGMでモトリー・クルーとかヴァン・ヘイレンとかかかるとむちゃくちゃアドレナリン出るよね。やっぱり中学の時の原体験とかは、死ぬまで残るんだなって。ガレージで酒飲んでてもそうだけど。

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芹沢

じゃ、そろそろレコード聴きながら酒飲んでアドレナリンをどっぷり出そう!