やりたいと思っていることから順番にやっていく。ロックが教えてくれた生き方。ライター荒濱一のロックとの出会い

バックパッカーから高校教諭、その後タイやインドでのビジネス経験を経て、ベストセラー作家へ。まさに人生ロックンロールな、ライター荒濱一さん。いつものように、お気に入りのレコード抱えてガレージに飲みに来てくれたところ、お話を伺いました。
 

ロックとの出会いはヘヴィメタル

 

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荒濱

今日はこれ持って来た。ストーンズね。

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芹沢

いいレコード! このライブいいよね。いつもありがとう。

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荒濱

いやいや、自分で聴きたいのを持って来てるだけだから。

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芹沢

この前はボブ・マーリー持って来てくれて。荒濱さんってガレージでかける曲もほとんど反応してくれるし、幅広いよね? そもそもロックとの出会いっていつ?

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荒濱

聴き始めたのはそんなに早くなくて、中2くらいかな。クラスにロック好きな友達がいて「これ聴いてみなよ」っていろいろ教えてくれて。で、一番最初にガツンときたのが、オジー・オズボーンの「Bark At The Moon」。

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芹沢

おお、いきなりオジー(笑)。荒濱さんの中2のときって84年くらい? LAメタルが超アツかった時期だ。

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荒濱

そうそう、84,85年くらい。ラットとかモトリー・クルーとかね。ボン・ジョヴィとかも出て来た頃。まだ売れてなかったけど。その頃は「友&愛」に通う毎日でね。

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芹沢

出た。レコードレンタル友&愛! オレ大学生の時バイトしてたよ。

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荒濱

ダハハ。あの頃はみんな友&愛だよね。でも金がないから友達が借りたレコード回してもらったり。

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芹沢

グレーだね(笑)

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荒濱

そんな中、これは欲しいなって、レンタルで借りるんじゃなくて、自分でどうしても買いたいって思って、はじめて買ったレコードがアイアン・メイデンの「死霊復活(Live After Death)」

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芹沢

ガレージでよくかけるやつだ。

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荒濱

一番最初にガレージ来た時このアルバムがかかってて、ここやべーってなったんだよね!

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芹沢

その時のことよく覚えてるよ。じゃあ、ガレージでかけるレコードって荒濱さんの青春ど真ん中じゃん。オレと同世代だから、当然かもしれないけど。

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荒濱

ほんとそうなんだよ! ガレージは好きだったレコードもそうだけど、当時なんとなく耳に入ってきててぼんやり覚えてる曲とかを再認識できるのも最高。

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芹沢

ロックだけじゃなくて、歌謡曲もかけるしね。

 

宝島でジャパニーズロック

 

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荒濱

聴きはじめはそんな感じ。で、そのレンタル仲間にちょっと年の離れた兄貴がいる友達がいてさ……。

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芹沢

ロックな情報の入手先って、やっぱり友達の兄弟って王道だよね。

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荒濱

そうそう。で、その友達の家に行くと、ちっちゃい型の頃の宝島があって。

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芹沢

でた! ちっちゃい宝島は、なんか怖かった。エロ本と同レベルで親に見つかっちゃいけない感があった(笑)

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荒濱

その頃の宝島は、日本のパンクばっかりで。

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芹沢

ラフィン・ノーズの頃だ。

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荒濱

そうそう、ラフィン、ウィラード、有頂天という。

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芹沢

インディーズ御三家ね。ヘヴィメタルキッズだった荒濱さんにも、パンクはすんなり入って来た?

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荒濱

あんまりジャンルとかのこだわりはなくて、かっこいいって思ったのはなんでも聴いてたね。

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芹沢

ライブとかは?

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荒濱

やっぱり金がなくってさ。新宿西口の今の都庁のところが、都有3号地っていう浄水場の跡地で、そこでよくいろんなバンドがライブしてたんだけど、チケット買えなくて。近くのガードレールに座って外から聴いてたの覚えてる。

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芹沢

YouTubeでよく観るやつだ。その現場にいたってだけでも、羨ましいな。

 

伝説のBOØWY解散宣言

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荒濱

あとやっぱりウチらの世代はみんなBOØWY聴いてた。高校1年のときに友達と夏に海に行ったんだよね、泊まりで。その時に誰かがBOØWYかけて。最初、西城秀樹かけてんのかと思って(笑)

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芹沢

似てるよね!(笑)

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荒濱

渋公の解散ライブ行ったんだよ。友達がチケットとってくれて。

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芹沢

えーーー! あの伝説の。今でもDVDよくみてるよオレ。羨まし過ぎる。前の方?

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荒濱

結構前だよ、10列目とかだったかな、むちゃくちゃいい席だった。

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芹沢

マジか……。

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荒濱

あのライブは異様な空気だった。俺は解散とか知らないで盛り上がってたんだけど、前の席にいる客がずっと腕組んで氷室の方じっと睨んでるんだよね。

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芹沢

なんか察してたんだ。

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荒濱

「(解散を)本当に言うのか??それは許さねーぞ」みたいな(笑)。今思うとね。

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芹沢

DVDでみても殺気立ってるよね、あのライブ。あの頃のBOØWYはメイクとか落としてナチュラルな感じだったのに、あの時はバッチリメイクで。

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荒濱

騒然としてたよ。何かが起きる、みたいな。

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芹沢

それは本当に羨ましい体験。DVDで荒濱さん探すわ(笑)。荒濱さんはロック聴き始めた頃ってどんな少年だったの?

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荒濱

お調子者で目立ちたがりな感じかな。悪いことするっていってもそんなどっぷりヤンキーな感じでもなく。だからロックも反抗というよりも、友達とワイワイしながらみんなで一緒に聴いてた。

 

カオサン通りのカセットテープが人生を変える

バックパッカー時代の荒濱さん。イケメン過ぎる…。

 

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芹沢

その後もロックとの付き合いはずっと続いて行くの?

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荒濱

あー、引き続きいろいろ聴いてたけど、1990年の夏、大学2年生の時に、俺の人生において決定的な出来事が起こるんですよ。

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芹沢

というのは?

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荒濱

タイに行ったんだよね。生まれて初めての1人で行く海外旅行で。1カ月くらいタイで過ごして、それからどっぷりとバックパッカーみたいな感じで旅にハマっていくようになり。

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芹沢

あ、出た! それが最初のタイ。

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荒濱

そうそう。で、翌年の春も、当時付き合っていた彼女と一緒にタイに行って。その頃はカオサン通りという安宿街に泊まってたんだけど、そこで海賊版のカセットテープが街中に溢れてたんだよね。で、酒飲みながら歩いてたら「No Woman, No Cry」が聴こえきて……。

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芹沢

ここでボブ・マーリーが登場するんだ。

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荒濱

今まで聴いたことない音楽で、「俺が聴きたかった音楽はこれだ」って衝撃を受けた。年上だった彼女は知っててさ「え、知らないの?」とかバカにされて(笑)

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芹沢

いい話だ(笑)

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荒濱

ヒッピーみたいな連中がたむろしていた、当時のカオサン通りの雰囲気にもあってたんだよね。ビートルズも全然好きじゃなかったけど「サージェントペッパーズ」からハマったのもカオサン通りのカセットテープがきっかけだね。サイケデリック全開で「ビートルズってこんなバンドなんだ?!」って。それまで中学校の音楽の授業で「イエスタデイ」とか縦笛で吹かされたな、みたいな印象しかなかったからさ。今でも初期ビートルズには相変わらずあまり興味がないけど(笑)

バックパッカー時代の荒濱さん@カオサン通り

 

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芹沢

ビートルズは初期と中期以降とでは、別のバンドだよね。

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荒濱

俺はやっぱりラバーソウル、リボルバーくらいからが好き。タイによく行くようになって、俺もいっぱしのヒッピー気取りじゃないけどさ(笑)。当時の俺の心情に、そういうサイケデリックな感じの音楽がすごいマッチしたんだよね。

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芹沢

音楽って、その音楽聴いてた頃何してたとか、そういうのがものすごく鮮明によぎるよね。

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荒濱

そうそう。俺はタイに行っていろんなことが変わった。音楽もいろいろ聴いたけど、本にもたくさん出会った。安宿街で会う旅行してる人たちがむちゃくちゃ本も読んでて、いろいろ教えてくれたんだよね。「やべー、俺、全然読んでないよ」みたいな。

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芹沢

荒濱さんのその後の人生を考えると、その時期ってものすごい転機だね。

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荒濱

人生の価値観が変わった時期だったね。ボブ・マーリーをはじめとする音楽も、そのトリガーのひとつだったな


 

ロックが教えてくれた「やりたいと思っていることから順番に」

 

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芹沢

バックパッカーな学生生活の後は?

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荒濱

大学卒業して、群馬で高校の先生してたんだけどさ、そのときにラジオから、小沢健二の「(今夜は)ブギー・バック」がかかってきて。「うわー、なんか凄いことが起きてるな。ヤバイ、東京に戻んなきゃ」って思って。それで東京行かずになぜかまたタイに行っちゃうんだけどね(笑)

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芹沢

先生やめたのは、オザケンが原因なのか(笑)


 

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荒濱

まあそれはおおげさだけど(笑)。フリッパーズギターとかリアルタイムで聴いた時はまったくわかんなかったんだけどね。どっちかというと「ナヨナヨしてなんか女々しい音楽だな」と思っていたくらいで。

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芹沢

その辺の身軽さというか行動力も、カオサン通りでのロックや本との出会いのが大きいのかな?

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荒濱

うん。それまでって、何していいかわかんない。自分がどういう人間かわからない。何が好きなのかわからない。って感じだった。タイに行って、知らなかった音楽や本、それと今まで自分の周りにいなかったような人たちと出会って、だんだん、俺ってこういうことが好きなんだ、こういう人間なんだって認識できるようになったんだよね。

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芹沢

ロックのメッセージ性とかも?

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荒濱

そうだね。なんというか、「システムへの抵抗」みたいな。なんだか得体の知れない巨大なものに取り込まれて、「長いものには巻かれろ」みたいな感じで生きていくのって、ちょっと違うんじゃない? と。それまではなんとなく、高校卒業して大学入って、会社に勤めてそれなりのポストについて…….。みたいのが当たり前の道だと思ってた。でも、違う道があってもよいんじゃないか、人生って一本だけの道じゃないんだって思って。好きなものやりたいことがはっきりとわかって、今自分がやりたいと思っていることから順番にやっていこうって思ったんだよね。

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芹沢

その結果「仕組み」シリーズのベストセラーが生まれたと。

荒濱さんの著書、結局「仕組み」を作った人が勝っているやっぱり「仕組み」を作った人が勝っている

 

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荒濱

ダハハ。それは結果だけど。でも、「仕組み」のテーマも「システムからの逸脱」だからね。誰かが作った「仕組み」の一部になるんじゃなくて、自分が「仕組み」を生み出すことはできないか? という。
いずれにせよ、ロックに出会ってなかったら「疑うこと」をしなかったと思う。自分の人生を生きたほうがいいなって思えたね。

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芹沢

おお! ロックって最高じゃないですか。

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荒濱

でも、ずっと心残りなことがあって。俺まだ楽器をちゃんと弾けてないんだよね。ギターもベースも何度か挫折してて。やっぱり聴くより演る方が絶対楽しいよ。さっき言った「やりたいことを順番に」の順番が、そろそろ楽器をプレイすることになってきた(笑)。

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芹沢

でも60歳くらいでギター始めたりとかってすごくロックだと思う。

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荒濱

いいよね。歳を重ねて、より心が自由になって。

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芹沢

その後もずっとロックはそばにある?

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荒濱

例えば、ジムで走ったりしてても、BGMでモトリー・クルーとかヴァン・ヘイレンとかかかるとむちゃくちゃアドレナリン出るよね。やっぱり中学の時の原体験とかは、死ぬまで残るんだなって。ガレージで酒飲んでてもそうだけど。

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芹沢

じゃ、そろそろレコード聴きながら酒飲んでアドレナリンをどっぷり出そう!

これがなければロックバーshhGarageはなかった! 芹沢、日比谷、ひとみの初めてのロックとの出会い

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芹沢

ガレージ渋谷に移転して1ヶ月以上たちましたね。改めてお疲れ様でした!

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ひとみ

お疲れ様です!

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日比谷

連日、面白い人たくさん遊びに来てくれてるし、幅も拡がってる気がするね。本当に嬉しいですね!

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ひとみ

嬉しくて、楽しくて酔っちゃう♡

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芹沢

……。毎晩ガレージに来てくれるみんなとしてる話って、むちゃくちゃ面白いよね!

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日比谷

面白い!!

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芹沢

その場だけだともったいないなっていつも思ってて。この空気をみんなで共有できたら最高じゃないですか。だから、ガレージのメディアで発信していこうかと。

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日比谷

いいねー! やろう。

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芹沢

一回目のテーマは「芹沢、日比谷、ひとみの初めてのロックとの出会い」で! ということで、ガレージ閉店後にお二人に残ってもらいました。

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ひとみ

すごい酔ってる♡

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芹沢

ガレージはロックバーなので、そもそもみんながロックと出会っていなければ、ガレージはないからね。あと、3人だけで飲む機会も意外とないので、今日は飲み語ろう! もうすぐ3時ですが(笑)。

 

ブルーハーツがガツンとやって来た

ひとみちゃん

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芹沢

ひとみちゃんの初体験は、いつどこで? あ、ロックのね。

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ひとみ

なにその聞き方(笑)。あたしはブルーハーツ。小5の時。これがロックだ! っていう意識はしてなかったけどね。

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日比谷

ブルーハーツはどうやって知ったの?

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ひとみ

友達に教えてもらったとかじゃなくて、自分でキャッチした記憶があるからたぶんテレビだったと思う。たしかテレビ神奈川だった気が……。

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芹沢

おー、TVK! オレも伊豆だったからギリギリ受信できたんだよ。ミュートマとかよく見てた。そのころロックがテレビで流れることってほとんどなかったんだけど、TVKはアツかったよね。

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日比谷

ブルーハーツと出会うまではロックとの関わりはなかったの?

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ひとみ

兄がUKのロック聴いてたり、父がレコード好きだったりで、いつも音楽は鳴ってたかな。一番最初に好きになった曲はFly Me to the Moon。あとサイモン&ガーファンクルとかビートルズとかよくかかってた。ロックだとかフォークだとかジャンルはよくわかんなかったけど、気持ちいいか気持ちよくないかで聞き分けてたのは覚えてる。

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芹沢

そこに突然ブルーハーツがやって来たと。

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ひとみ

そう、ガツンとやって来た。小5とか小6くらいのときってなんかモヤモヤするじゃん。反抗期までいかないんだけど、本当にこのままでいいのかなとか。勝手に孤独を感じてたり。

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芹沢

女子は早いね! オレ小学生ではそういうのなかったなあ。44歳の今は孤独を感じているけど(笑)。

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日比谷

モヤモヤしない! 全然このままでいい!!(笑)。

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ひとみ

好きな人もいなかったし、ピュアじゃなかったんだよね……。だいぶ斜めに見てた。

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日比谷

今はひとみちゃん、ピュアだよね。

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ひとみ

そんな中ブルーハーツ聴いて「ああ、このままでいいんだ」って、救われた。

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芹沢

いいねえー、全然ピュアじゃん(笑)。

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ひとみ

うちらの世代って光GENJIが女子の中だとマストだったの。でもあたしはジャニーズとかになんか馴染めなくて。マジョリティに溶け込みたくない、みたいな。

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日比谷

やっぱ、ピュアじゃない。やさぐれてるわ(笑)。でもわかる。

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ひとみ

ブルーハーツはまだそこまで人気なかったから。あと、その頃読んでた少女漫画とかにも引用されたり、いろいろな方向から心を掴まれた。

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日比谷

漫画でブルーハーツといえば、ろくでなしブルースだったよね、男子は。

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芹沢

青春だよね。オレは田舎に住んでたから、東京知らなくて、吉祥寺って怖い街だと思ってた(笑)。

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ひとみ

音楽に限らず、あの頃好きだったものに対する気持ちとか熱量とか、言葉で表現するの難しいね! でもしたーい、でもできなーい!! 苦しいけど甘酸っぱい感じ♡

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芹沢

ひとみちゃん酔ってるでしょ。ライブ行ったりは?

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ひとみ

ブルーハーツの野音とかはすごく行きたかったけど、親に行かせてもらえなかった。小学生だしね。行けるようになった年頃には、人気出て大きな会場でしかライブやらなくなったり、音楽性の幅も拡がっていったりで、あたしの心も少しずつ離れてしまっていた。

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芹沢

そういうのわかる。でも大人になって聴きなおすとよくない? 中期以降のブルーハーツ。

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ひとみ

むちゃくちゃいい! ガレージでもよくかかるけどノリノリだもん。歌詞もいい。

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日比谷

やっぱり、今の方がピュアだ。光GENJIかけても、ノリノリだもんね(笑)。

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ひとみ

……(笑)。その後の本格やさぐれ期には、クラブミュージックがあたしの居どころだった。で、ガレージでロックに再会したんだけど、当時好きだった音楽に、今になってまた出会えるのは胸キュン♡ いろいろ寄り道したけど戻って来たよ、みたいな。

たっちゃん(芹沢)は?

 

ロックの当たり年に過ごした中学時代

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芹沢

オレは中学2年。中2の年が86年なんだよね。86,87年て凄くて。BOOWYのJUST A HEROとBEAT EMOTIONが同じ年に出たり、GUNS N’ ROSESの1stとか、METALLICAのMaster of Puppetsとか。後世に深刻な影響を与えるレコードがむちゃくちゃリリースされた時期。ガレージでかけるレコードはこの時期に出たのが多いのね。それはオレの青春っていうのもあるんだけど、ロックの歴史上、重要な作品が多いから。

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日比谷

そこが中2は羨ましい! まわりもみんなその辺のロックを聴いてて自然に?

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芹沢

いや全然。田舎だったし、テレビと雑誌しか情報源がなくて。ベストテン全盛期だったから、まわりはチェッカーズとか少年隊とかおニャン子クラブとか。オレも聴いてたけどね(笑)。

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ひとみ

なんでロック聴くようになったの?

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芹沢

友達少なくて、毎日暇で。近くのヤンキーの部屋が溜まり場になってて、そこによくいた。田舎ってカルチャーの感度高いのなぜかヤンキーなんだよね。そこでBOOWYとか尾崎豊とかVAN HALENとかBON JOVIとか雑多にかかってて、歌謡曲じゃない音楽に出会った。今思うと、ロックバーだよね。

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日比谷

ガレージっぽい(笑)。その中で、芹沢さんの人生に最初に影響を与えたバンドは?

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芹沢

ラフィンノーズ。

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日比谷

意外!!

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芹沢

当時はレコード買う金なんてないから、レコードレンタルで借りてカセットテープに録音するというのがライフスタイルだった。レンタル屋さんのレコードコンプリートするくらいいろいろ聴いてて、好きなバンドはたくさんあったんだけど。

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日比谷

その中でラフィンが特別だった?

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芹沢

まずレコードのジャケットがかっこよかった(笑)。で、聴いてみたら、陽気なロックンロールで、それが逆に世の中を見下してるみたいでなんかハマったんだよね。文字通り「鼻で笑う」みたいな。中二病の勝手な解釈だけど(笑)。

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日比谷

パンクなファッションがメジャーになったのもラフィンノーズの影響大きいよね。

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芹沢

そう。Tシャツと破れたジーンズと安全ピンで真似できたのもよかった。中学のときスーツとか買えないもん(笑)。ラフィンはアートワークとかファッションとかもすごい好きだった。ラフィン聴いてバンドやりたいって思ったんだよね。

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ひとみ

バンドをやるきかっけになったんだ?

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芹沢

例えば、BOOWY好きだったけどスタイリッシュすぎて、真似できそうもないじゃないですか(笑)。バンドやろうってならなかった。ラフィンはストリートな感じが、楽器を持つハードルを下げてくれた。オレは20代がずっとバンド生活だったので、この時期にギター弾こうと思わなければ、違う人生になっていた。

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ひとみ

バンドブームってその頃だっけ?

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芹沢

インディーズへの注目のきっかけを作ったのはラフィンだと思う。イカ天とかはその後じゃないかなあ。オレはバンドブームの頃は、パンクとか、ヘヴィメタルに行ってたんだけど、そういう激しい音楽聴くきっかけになったのもラフィンの影響だった。出会いのアルバム(LAUGHIN’ ROLL)はポップだったんだけど、ラフィンのルーツがパンクやハードコアで。セックスピストルズとかディスチャージとかは、ラフィンノーズで知った。

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日比谷

芹沢さんがバンド人生を歩んでこなければ、たぶんガレージはないので、ラフィンノーズ聴いててくれてよかったです(笑)。

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芹沢

ガレージでももっとラフィンかけようね(笑)。日比谷さんのロックとの出会いは?

 

陽水の歌詞を書き写す小学生

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日比谷

たぶん、陽水。バックバンドが安全地帯だったこともあったんだよね。小3か小4とかかなあ。

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ひとみ

テレビ?

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日比谷

いや、テレビ全然みてなくて。クラスの女の子とかが、テレビで光GENJIとかチェッカーズとか騒いでるの聞いて「なんだそれ」って思ってた。情報源はラジオだね。

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芹沢

ラジオ!? 小3で?

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ひとみ

なおちゃん(日比谷)が一番やさぐれてる気がする(笑)。

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日比谷

ラジオで陽水聴いて、かっこいい!って思って、歌詞書き写したりしてたんだよ。

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芹沢

そんな小学生いるのか……。

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日比谷

あと、家に親のレコードがあって。「断絶」とか「氷の世界」とか聴いたり。

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芹沢

えーー! あの(ガレージの棚の)レコードって、親のなの!?

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日比谷

そうそう。で、今聴くと曲もすごいかっこいいんだけど、最初にハマったのは歌詞なんだよね。怪しい単語をひたすら辞書で調べてた。「ネンゴロ」ってなんだろう、とか。

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ひとみ

ははは。エローい♡

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日比谷

そんな中、バンドブームがやって来て。オレも音楽好きだから聴かなきゃって、一通りは聴いてたんだけど、プリプリとかジュンスカとかあんまりしっくりこなかった。

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芹沢

陽水好き少年からはそっちに行きにくいよね。

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日比谷

イカ天もみてたけど。ブランキー・ジェット・シティはかっこいいなって思ったけどそのくらいで。ジャニーズもイカ天も同じものに見えたんだよね。

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ひとみ

このコもひねくれてるな(笑)。

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日比谷

家が近いからホコ天もよく行った。スティーブン・タイラー似のおっさんが、スカーフみたいの巻きつけたマイクスタンドを華麗に振り回して歌ってて「おお、かっこいい」って思って観てて。飛び散ったスカーフは客へのプレゼントかなって思うじゃん? ライブ終わって「これ、もらっていいですか?」って聞いたら「あ、それ回収するから」って、道に落ちてるスカーフ必死に拾ってんの。「このおっさんは何をしてるんだろ」って思った。

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芹沢

ホコ天は、客とバンドとの距離が近いからそういうのあるよね。ロックスターから生活感見えちゃうと幻滅してしまうみたいな。その違和感たっぷりのバンドブームはどうやって乗り切ったの?

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日比谷

図書館でロックのCDをひたすら借りてて、その中にRCサクセションの「カバーズ」があって。

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芹沢

出た! 迷盤で名盤。問題作。

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日比谷

強烈な清志郎との出会いだった。問題になった歌詞にも惹かれたけど、ロックやブルースの名曲ばかりカバーしてて、クリームやディランを聴くようになったのも、このアルバムがきかっけなんだよね。ここからロックのルーツへの旅が始まった。

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芹沢

タイマーズへと繋がる歴史的名盤ですね。ガレージでもヘビロテな一枚。

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日比谷

あと「ロック鳴館」っていう番組ね。ジョニー吉長とムッシュかまやつが司会で、いつもムッシュが酔ってるんだよね。豪華なゲストとのトークもセッションもヤバくて、カバーズと並んでロックに憧れるきっかけの番組だった。毎回ビデオに録画して何度も観てた。今でもビデオ家にあるよ。

 

社会との軋轢がロックとの接点

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ひとみ

みんなの話を聞いてると、メインストリームなものへの反発みたいのが共通してるよね。

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日比谷

あんまりそういう意識もなかったけど、でもロックの存在自体がそうだしね。

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芹沢

中学のとき英語の先生がビートルズ好きで、毎回英語の授業でビートルズかけてたの。中学生にとって授業って一番の反発対象じゃないですか。もう無条件で拒絶反応。だからビートルズをロックと認めることができたのは、かなり大人になってからなんだよね。たぶん先生は思春期の中学生に歩み寄ったつもりだったんだろうけど(笑)。

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ひとみ

まさに「落書きの教科書と、外ばかり見てる俺」だね(笑)。みんな孤独だったの?

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芹沢

孤独というか、友達とうまく話すのが苦手で、ひとりでいる方が楽だし、好きだったんだよね。でもやっぱり寂しいじゃん。本当は友達とワイワイしたいんだけど、そうしようとすると疲れてしまうから、ひたすら家でレコードをカセットテープにダビングしてた。で、溜まり場に持って行って。

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日比谷

それってDJだね(笑)。

オレは学級委員とか積極的にやったりしてて。ませてて、大人の気持ちも汲んでしまったりしてたんだよね。そういう子って「なんだあいつ」って思われたりするじゃん。「いやいや、そうじゃなくて、こういう風にした方が楽なのに」とか、大人と同級生の狭間で葛藤みたいのはあった。

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ひとみ

そういういろんな思春期特有のモヤモヤ感とか社会との軋轢に、ロックってすんなり入ってくるよね。歌詞だったり、激しいビートだったり。

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芹沢

みんなのロックとの出会いって、その後の人生に影響あった?

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日比谷

高校生のとき、ピンククラウドの解散ライブのチケット買おうと思って、チケット屋に並んでたの。まわりはみんな大人で「みんなこんな時間に仕事してないのかな?」て思ってたら、オレの直前で売り切れて……。悔しくて、時間を自由に使える大人になってやるって思った。大人って自由でいいんだって思った。

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芹沢

当時からロックな大人は「働き方改革」してたんだ(笑)。

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日比谷

いや、今思うと、あそこに並んで人たちはちゃんと仕事してなかっただけなのかもしれないけど(笑)。

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芹沢

オレは上京してバンドやりたかったから、そのためだけに東京の大学に入った。卒業後もバンド続けながら酒屋でフリーターしてたから、酒に詳しくなった。今、ガレージやるのに役に立ってるね(笑)。就活の話題には入っていけないけど。

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ひとみ

あたしは、あの時ロックと出会えたから今みんなとガレージできてるのが最高♡

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芹沢

それにつきるよね!

 

レコードは時間そのものを再生してくれる

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芹沢

でも、ガレージってさ、みんなが当時反発してたアイドルとか歌謡曲とかもかけるじゃん? むちゃくちゃ盛り上がるよね。ウチらも。

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日比谷

そうなんだよ!

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ひとみ

いいよね♡

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芹沢

ロックに挟んで、ネタ的にだったりもするんだけど、違和感ないし、素直にかっこいい。

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日比谷

わかる! かっこいいよね。あれなんなんだろう。

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芹沢

当時ロックが好きだったのは、素直な気持ちだったと思うのね。でも、主流な文化に対する反発っていうのは、素直な気持ちじゃなかったのかもね。大人になって、そういうのとも和解できた今が、一番素直に音楽のよさを楽しめるのかもしれない。

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日比谷

アイドルの曲も、はっぴいえんどだったり、ロックな人が作ってるの多いし、そりゃかっこいいよね。

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ひとみ

ガレージはレコードをかけてるんだけど、音楽を再生してるんじゃなくて、その時々の時間そのものを再生してくれるの。映像も浮かぶし。だから嫌な思い出がよぎる曲もあるけど、それも今レコードで聴くと、キュンってなる。だから好きだったロックだけじゃなくて、歌謡曲にも胸が高まるんだと思う。その時代に同時にあったものだから。

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芹沢

急にいいこと言う(笑)。なんかいろいろ聴きたくなってきた! なんかかける?

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ひとみ

眠い♡

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日比谷

もうすぐ5時だ! そろそろ帰ろう。

(2017年11月某日。shhGarage渋谷にて)